お前が嫌い

極めてパーソナル

ef - a tale of memories.

ef - a tale of memories.(2007年)
監督:大沼心
シリーズ構成・脚本:高山カツヒコ
アニメ制作:シャフト

シャフトの中でも随一の傑作だと言う人がいるようで、確かになんか、そんなオーラは醸してるな、なんて思いながらも長い間観ないままだった。
記憶がどうこうする話であることは知っていた。前知識としてはそんなところ。
あ、ただ1回だけ、1話を途中まで観たことがあったっけ。
そのときはねぇ、やめたんすよ。観るの。
声がキッツいなぁ、ってね笑
ヒロインに魅力を感じる事ができるような気がしなかったもの。

今回は観切ったよ。ヒロインの魅力について直前に書いたので、まずこの点から結論を言えば新藤千尋ちゃんに関しては、好きになれたよ。他はともかく。
なんかもう一方の、漫画家の方のお話もあったでしょう。あっちは正直、別に、って思いながら観てたよ。10話とか、一応、結論としては筋が通ったんだろうけど、なんかねぇ、あれかね、原作やれば違うのかね?
ここらへんまではね、私の本作に対する評価は、まぁこんなもんか、名作名作とは言われてはいるけれども。って感じだったんす。

最終話のさ、「13時間って長いんですね」のあたりよ。
ホント構えてなかったからさ。口に出して
「あぁ〜、こぉれはダメだwwwwwww」
と言いながら涙が出たもんね。ビックリだ!
主人公が街に散らばった紙を集めだして、果たしてこの行動は、自ら記憶を破いて捨てた彼女の決意を思うとどうなんだろうなんて、そんなことを考えたりしたんだけどね。
要は、どうしたって君が好きなんだって、示すことができれば。
あのシーンに繋げるためならば、もうそこは良いのだ。ていうか結果オーライだったからなんだって良いよ。うんうん。好きでしょうがなかったから、彼女の決意をふいにしてでも記憶を集めて廻った彼と、13時間以上経ったって、いつもアタマの中に廻る彼が何時までも忘れられない彼女と、お似合いであるからもう、全然ね、良いのですよ。今後、共に生きていく上ではやはり相当の苦労もあるだろうけども、それをある程度、実際に経験して理解したうえでもね、愛し合えるなら、良いじゃないか。うんうん。ね。いや、それにしても、本作はヲタク好みな印象深いシーンも多くてね。まずは、あれね。記憶がなくなったということは、すなわち死であるのか、という問いね。この考え方が、例の、自殺シーンとでも言うのかな。あそこに繋がっていくわけですよね。そう、あそこらへんの、屋上でよ、彼女が自身の記憶の保管庫であるところの、いわば脳の代わりである手帳の中身を破り取るシーンね、アレ、劇的にも程があるよね。さっき、脳って言ったけど、僕にはもう、それこそ自身の脳みそを掴んで引きちぎるような壮絶さを見たよ。
新藤千尋に関する部分以外はホントに、ヒロインに対しても、思い返せばストーリーに関しても魅力なんか感じなかった。演出が他では見ないもので面白かったなという意味では観て良かったなとは思う。
どうなんだろうね。ずっと、アニメ本編中、新藤千尋関連で埋めていたら、こっちは疲れちゃうのかな?
この世界における、ちょっとしたゴタゴタはあれど普通の人たちの青春を描くことによる対比はもしかすると、本作において必要ではあったかもしれない。

緑色の草原と水色の空


僕は彼女のそばに立っていた。
地面を認識することはなく、とはいえ、視界の下の方に緑色の健康的な草原を予感していた。

僕らは同じ方向に向かって立っていた。
多分、手を繋いだりだとか、そういった事もなく、ただ立っていた。
しかし、繋がっていた。形容しようもないが、僕は、彼女と、何かしらで繋がっているのを感じていた。

僕らはそこで何をしていた?
前方斜め45°上の方向、水色の空の一点を眺めていた。
或いは、注視していた。恐らくは、彼女も同様に。

すると、僕らの注視していた、まさしくその一点から、真っ白な光が、空を破るようにして、刺々しく現れた。太陽のそれではない事は、当然知っていた。
その光は、僕の目を痛めることなく、ただ白色のみを届けた。
そして、その攻撃性が僕の目を脅かすよりも前に、僕らのいた空間は、その真っ白な光で覆い尽くされた。

思えばこのとき、彼女は目に見えなくなっていた。
まだ側に居るのかは分からなかったが、得体のしれない繋がりだけは、残っているかどうかはともかく、消えてはいなかった。
そして僕は気付いた。彼女は今、純白のドレスを身に纏って、また、白い肌で、きっと、白い光の中に同化してしまっているのだと。

気付けば、僕らは教会にいた。真っ白な内装であるようにも思えたし、赤色や茶色や黒が、ちょうど自然に配されているようにも思えた。
僕らの前方、斜め45°上の方向には、考えてみれば似つかわしくない、両開きの木製の小窓が、白いレースのカーテンをたなびかせながら、パカリと開いていた。
緑色の草原と水色の空が、小さな窓枠の向こうに見えていた。

僕は、結婚するんだ、と思った。
すると、僕は、白の内装に茶色の長椅子、赤のカーペット、そして、黒い礼服を着た人々が幸福の中に座って、僕らを祝福していることに気が付いた。

僕はといえば、ずっと晴れやかで、爽やかな心地だった。空っぽでもあったが、例えば空虚などではなく、ただ単純に気持ちの良いものだった。

僕は、人々についてより認識を明らかにしようとしたが、顔はよく分からなかった。
となりの女性の顔も、思えば隠れて見えなかった。
結婚式なのに、僕の両親は見当たらなかった。
彼女の両親は、居るような、居ないような。

いつの間にか、僕と女性の立ち位置が左右逆転していることに気が付いた。
気が付けば、あの繋がりも、感じられなくなっていた。

そうして、じっとそのまま、僕はそこに立っていた。
隣を見るたびに老いていく女性に僕は何かを感じる事もなく、ただそこに立っていた。







小窓の向こうは、あいかわらずだった。
僕はただ、作り物めいた、
健康的な緑色の草原と水色の空を眺めていた。
すると、ふと、その向こうに彼女の気配がした。
僕はゾッとした。何に?
たぶん、隣の女性に。












帰れるだろうか? 向こう側に。










そう思いながらも、僕はやはり、前方斜め45°上の方向に小窓を見つめて、そのままだった。

伸ばした自分の手を視認して、気付いてしまった。
だからもう、試みることすら、躊躇われた。




小窓と、その向こうに、僕は永遠を見ていた。

Re:ゼロから始める異世界生活

Re:ゼロから始める異世界生活(2016年)
監督:渡邊政治
シリーズ構成:横谷昌宏
アニメ制作:WHITE FOX



エミリアから見てスバルの…愛? は、その根拠がわからないわけじゃない。だって、その根拠というものは、いわば平行世界の別ルートにこそあるんだから。
切ないといえば切ないよね。
まどマギのほむらが携えた哀しみだよね。
そこらへん、本作においてはスバルのウザったらしさを前に霞むんだけど笑
で、その関係性に対比して存在するのが、レムの抱えるスバルへの想いでしょう。
レムにとって、スバルとは、いつでも鬼がかってる、スーパーヒーロー的存在なわけだ。何度も死に戻りして、その結果得られた最良の結果のみが、レムの中に蓄積されていくものだから。
ある意味、この2つの関係性は…いや関係性について述べれば、極めて近しいものであるわけだよね。スバルを基準としたとき、エミリアとレムこそが、対称的だ。
エミリアにとって、スバルの想いが重いのと同様に、多分、レムのスバルに対する想いというものは、スバルにとって重い。
エミリアにとってしてみれば、その想いの根拠が分からない。
スバルにとってしてみれば、レムの中にいるスバルは、過去の取り組みの成功のみで構成される結晶である。
だからこそ重い。
スバルが困難を諦めたなら、作中でもあったように、レムと共にはなれない。

アノ娘のことが好きな彼が好き、的な?
報われやしないなぁ。レムりん。
「今一緒に逃げてしまったら、レムが一番好きなスバル君を置き去りにしてしまうような気がしますから」
報われねぇ〜なぁ〜、いやぁ〜、
これ、アナザーストーリーのほうって、どうやってくっついたのかしら。本編との整合性を考えたらちょっと分からない笑
スバルがムリして、笑顔でレムに対して、ともに逃げようと提案したならば?
くっつくこと自体はできるかもしれないけどねぇ。
上記の問題を解決しない限りにおいては、現実のスバルと、レムの認識の間の齟齬が、いずれ軋みを生まないかと考える…。
人生長いぜ、”好きなスバル君”、だった男、というだけで生涯添い遂げられないだろう…。

…けれど。
こんなことを危惧してしまうことこそ、それこそ、アニメの観すぎ、小説の読みすぎである。
きっとなんだかんだ、いざくっついてしまえば、スバルの諦めの悪さなんてものは生活の中で随所に発揮され、レムの老衰、死によって幸福な最期を迎えるはずである。
男女の関係性に恋するなんてのは、そこを重要視してしまうのは、洋画で「彼、ロマンチストなのよ。」なんて言われてしまうような人間の思考である。
アニメの観過ぎで犯罪者になるのかは知らんが、私の経験から言わせていただくならば、ロマンチストにはなってしまう事だろう。
地に足の付かない思考の果に、その身は宙に浮き、やがて天狗にでもなってしまう事だろう。
しかし、何事も、極めることは容易くないはず。
成りきれない半端なロマンチストは、空を歩む途中で、ふと現実に引き戻された刹那、世界を規律する物理法則に従って、その足は急速に地面に引きつけられたのち、傷を負うことになるだろう。
私も何度か、墜落したクチである。

観たもの羅列日記 2018年05月

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2018.05.01

魔法少女まどか☆マギカ(2011年)

監督:新房昭之
シリーズディレクター:宮本幸裕
脚本:虚淵玄
アニメ制作:シャフト

今更書くべきこともない。

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2018.05.04

空の大怪獣ラドン(1956年)
監督:本多猪四郎(本編)
   円谷英二(特撮)
脚本:村田武雄
   木村武
東宝初のカラー怪獣映画

いーよもう…分かったよ爆発は…っていうくらい爆発シーンが連続する。
最後のほう、阿蘇の爆撃のところとかね。
しかしなぁ…特撮映画において、こういった所は”見せ場”なんだよなぁ。
昔なら良かったかもしれないけど、現代においてはさすがに退屈も退屈だった。
こればかりはしょうがないのかも。
ただ、ラストシーン。2頭居たんだね。ラドン。ここで少し眠いのも醒めた。
一頭が飛ぶことができず火山の噴火に飲まれ、死にゆくのを見て、もう一頭のラドンはその側に付いて離れず、共に燃えて死ぬことを選ぶという。
終わり方がなんだか、ちょっと意外だよね。
また、あっけないとも思う。

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2018.05.05

〈物語〉シリーズ セカンドシーズン
(2013年)
総監督:新房昭之
監督:板村智幸
シリーズディレクター
   龍輪直征(『傾物語』)
   八瀬祐樹(『鬼物語』)
シリーズ構成:東冨耶子、新房昭之
アニメ制作:シャフト

http://belleband.hatenadiary.jp/entry/2018/05/05/174549

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2018.05.06

A.I.C.O. Incarnation(2018年)
監督:村田和也
シリーズ構成:野村祐一
アニメ制作:ボンズ

http://belleband.hatenadiary.jp/entry/2018/05/06/173908

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2018.05.08

夜は短し歩けよ乙女
監督:湯浅政明
脚本:上田誠
アニメ制作:サイエンスSARU

最高だ…。傑作だよな…。
本日よりnetflixにて解禁!配信開始!
みんな観ろよなぁ〜?

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シング・ストリート 未来へのうた(2016年)
(原題:Sing Street)
監督:ジョン・カーニー(John Carney)
原案:ジョン・カーニー(John Carney)
   サイモン・カーモディ(Simon Carmody)

http://belleband.hatenadiary.jp/entry/2018/05/08/204004

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2018.05.11

聲の形(原作)全7巻
作者:大今良時
出版社:講談社

読みおわってその後、久し振りに、物語の読了後に寂しくなる感覚を味わったよ。
ははは。はは。
ただ、負の演出が過剰に思われる部分も多々あった。
そこをいくと、映画、『聲の形』は上手く構成したものだなと思った。私が触れるのが、映画が先で無かったら、『聲の形』というタイトルに強く関心を抱くことも無かった気がする。
終わり方もやっぱり映画版のほうが気持ち良いと思う。
Netflixに映画の配信が来るそうですね。17日からだそうです。

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日常(原作)8巻
作者:あらゐけいいち
出版社:KADOKAWA

なんかこれまでになく日常の漫画で笑ったな
あらゐけいいちの『City』も読みたくなった。
日常のアニメを観ていた頃から麻衣ちゃんはそこはかとなく可愛いように思ってて好きだったんだけど、『日常の143』とか、『日常の134』もそうだけど、麻衣ちゃんスキーには堪らないな?最高だった。
143は良いなぁ…。普通に笑っちゃうくらい面白かったし、耳に息吹きかけられたところなんか、アニメで観たいですねぇ…。
2期…?無いよなぁ…笑

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たんぽぽ娘
作者:ロバート・F・ヤング
(Robert Franklin Young)

http://belleband.hatenadiary.jp/entry/2018/05/12/014516

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2018.05.12

傷物語3部作(2016〜2017年)
総監督:新房昭之
監督:尾石達也
アニメ制作:シャフト

何回も放送するね。Netflixで配信するよりも多くのお金が入るのかしらね?

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シング・ストリート 未来へのうた(2016年)
(原題:Sing Street)
監督:ジョン・カーニー(John Carney)
原案:ジョン・カーニー(John Carney)
   サイモン・カーモディ(Simon Carmody)

http://belleband.hatenadiary.jp/entry/2018/05/08/204004

つい最近も観たが、早くも2周した。
サントラに入ってるオリジナル曲の良さったら無いな。
『Drive It Like You Stole It』とか。
『A Beautiful Sea』とか。
良いわ。うん。
パンフレット欲しい。映画の内容について詳細に書かれているらしい。

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2018.05.16

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX(2002年)
監督・シリーズ構成:神山健治
アニメ制作:Production I.G

やっぱり面白いわな。攻殻機動隊

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2018.05.18

聲の形(2016年)
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
アニメ制作:京都アニメーション

原作を読んでからは初見。といってもねぇ。
何度も映画を観たし、頭の中で執拗に反芻したからねぇ笑
今更作品に対して抱く感想に大きな変化は無い。
ただ、原作のキャラの行き過ぎている部分というものを、映画では巧く慣らしたものだなと思う。
原作の西宮母とか、先生とか、ちょっとねぇ笑
真柴智に関しては、やはり、映画ではごっそり削られたエピソードのぶん、新鮮味はあったけどね。でも以前から、『真柴智は原作読んだらわかるけどイイヤツだから』みたいなことは聞いていたのでさしておどろきはなかった。
それよりかは植野の方がより印象深くなったというかな。原作では石田に対する想いがより明らかに描かれていたので、あぁ、そうなんだなってね。
あとはね、そうそう、橋の上で石田が”ヒドイこと”を言って、トモダチ達が散り散りになるシーン。原作とはその”ヒドイこと”の内容の、言い回しが違うのね。
川井に対するセリフは原作のほうが好きかな笑
いや、やはり私としても、川井は嫌いなもんでね笑
そういう意味じゃ、原作版のほうがスカッとはするかなという笑
そういえばこの映画において、髪型というのは一つ重要なアイコンだろうけれども、川井の髪型ってさ、文化祭のときには再び髪型変わった?というか、戻った?
原作でもそうだったけかなぁ。しかしまぁ、川井の為に頑張りたくはないなぁ笑

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はじまりのうた(2013年)
監督・脚本:ジョン・カーニー(John Carney)

一番最初に流れてくる曲、あるじゃない。
「A STEP YOU CAN’T TAKE BACK」ですよ。
この曲知ってるなぁ、知ってるなぁと思いながら観てたんです。
なんか、映画だか動画を観ていて、そこで流れていた覚えがあるんだけど思い出せない。
頑張って頑張って、で、思い出したんですけど、
たまこまーけっと』のAMVでしたわ。はは。
AMV - Dandelion [AKROSS_Con_2014] http://nico.ms/sm25535435?cp_webto=share_others_androidapp

映画の序盤でさ。
「A STEP YOU CAN’T TAKE BACK」が歌われるでしょ。
音楽プロデューサー・ダンの頭の中でこのアレンジが鳴ったとき、私なんかは目頭に来るものがあったね。なんだろうね、泣きそうになったね。
あと、この映画は音楽好きの私が共感しちゃう部分っていうのが多くて、その中の一つには、音楽によって陳腐な風景すら真珠に変わるというものがあった。
年齢を重ねていくほどに、真珠を観られる機会も少なくなっていくというのも含め。
私は、青森の田んぼが広がっている中で、その真珠に、しかもとびきり美しいものに出会った経験があるから、そんなことも思い返された。
小雨が降ってて、でも雲の切れ間から光が見えていて、時間帯としては、そろそろ青い空もオレンジに移り始めようとする頃かな。神々しく、美しかった。
聴いていたのは中村一義の『太陽』だったな。

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2018.05.19

La La LAND(2016年)
監督・脚本:デミアン・チャゼル(Damien Sayre Chazelle)

いやぁ、観たよ、ついに観た。
最近、音楽映画をたくさん観るな笑?
まぁ、どっちの監督の映画が好きかといえばジョン・カーニーかなとは思うけど笑

『セッション』の先生がいたじゃない。怖い人。
同じくJ・K・シモンズ演じる人が出てきたけど、セッションの人と、”キャラクター”として、同一人物らしいね。
曰く、セッションを通してジャズ界で干された、らしい笑
その後の彼なんだって。映画のソフトのオーディオコメンタリーで監督自身が言ったそうだ。

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GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊(1995年)
監督:押井守
脚本:伊藤和典
アニメ制作:Production I.G

いま、TVアニメシリーズの攻殻機動隊、セカンドギグも観てるんですがね、これがなんだか、サムい。
1期はまだ、普通に楽しめるものだったんだけど、なんだかなぁ…。
関係ないタイトルだけど、『シング・ストリート』という映画に対して、主人公やヒロインの周辺にいる登場人物に対する掘り下げが甘いのではないかという意見があった。
セカンドギグなんかを観て改めて思うな、そんなもんは不要だし余計だと。
描くべきものを描けば、それ以上は要らないよなぁ。
『シング・ストリート』でそんな、セカンドギグみたいなことやってたら、多分私、あの映画好きになってないよ笑
TVアニメシリーズという、その性質からなのかね。時間的な条件の成約。
メンバーの過去なんか、作中に出すにしても匂わす程度で良いんじゃないのかな。こっちはたいして興味無いよ…
やっぱり、押井守攻殻機動隊はなんだかんだ強いわな。
ARISEの、バトーの腕を操って顔面を殴らせる素子も好きだけど笑

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2018.05.20

貞子vs伽椰子(2016年)
監督・脚本:白石晃士

観ながら考えていた事


♫でんわがなーいーおへやではー♫
((( ♫やぶみがとんでくるぅー♫ )))
♫やーぶみーでないにしてーもー♫
((( ♫はーとがとんでくるぅー♫ )))
ソウ! デンショバト! ソウ! デンショバト! ソウ!
ヨイヨイヨイヨイ デンショバト! ハッ!


呪いのビデオをインターネットにアップロード&拡大。
これによって貞子は過労死。
呪いはこの世から消え去りハッピーエンド。
そう、貞子ともいえども、ブラック会社的環境にあっては、本領を発揮できず、あげく環境に潰されてしまうのだ。
そういった重大な社会問題に対する警告なのである。(大嘘)

③融合したァーッ!?

以上です。面白かったです。
あとはまぁ、映画というものは視聴者側として取るべき視点というものがあって、こういう映画においては、特撮映画において怪獣そのものを楽しみにするような、そういう見方をこそするべきなんだろうなとも思いましたとさ。いや、こういうの、あまり見たことないもんだからね、私なんかは。だからそんなことも考えましたけどね。

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2018.05.23

攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG(2004年)
監督・シリーズ構成:神山健治
アニメ制作:Production I.G

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2018.05.24

攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society(2006年)
監督:神山健治
脚本:神山健治、菅正太郎、櫻井圭記
アニメ制作:Production I.G

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2018.05.27

君の名は。(2016年)
監督・脚本:新海誠
アニメ制作:コミックス・ウェーブ・フィルム

君の名は。』というタイトルではあるが、最後には、名前なんていうものは、二人を結ぶものとしてなんら意味を持たないのだよな
山の頂で瀧が三葉の手に書いたのが「すきだ」の3文字であったこともまた、そういうことなんだよな

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マスク(1994年)
(原題:The Mask)
監督:チャック・ラッセル(Chuck Russell)
脚本:マイク・ワード(Mike Werb)

マスク2(2005年)
(原題:Son of the Mask)
監督:ローレンス・グーターマン(Lawrence Gutterman)
脚本:ランス・カゼイ(Lance Khazei)

初めての視聴ではないはず。
子供の頃に観たことがある。
あの緑の顔面や、犬がマスクを被っちゃうくだりは覚えていた。
もしかしたら、2のほうは観てないかもなぁ。
映画としてより魅力があるのは、やはり94年作だろうとは思った。

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サイコキネシス 念力(2018年)
(原題:Psychokinesis)
監督・脚本:ヨン・サンホ

たんぽぽ娘

たんぽぽ娘
作者:ロバート・F・ヤング
(Robert Franklin Young)

アメリカのSF作家、ロバート・F・ヤングの61年作、『たんぽぽ娘』を読んだ。
短編なんで、この話だけ読むぶんには時間もかからない。
こんな昔の、しかも海外の小説なんか、私は普通読まないのだけれども、読むキッカケとなったのはCLANNADだ。アニメだ。
一ノ瀬ことみちゃん関連で出てくるタイトルなのだ。『たんぽぽ娘』は。
CLANNADの中でも、ことみちゃんが「おとといは兎を見たわ、 きのうは鹿、今日はあなた」なんて言っていたけれども、これも『たんぽぽ娘』の中で執拗に繰り返されるフレーズである。

wikiで前情報として得ていたのは、その作風について。
「叙情的で優しい、気恥ずかしいほどストレートに愛を語るロマンティックな作風が特徴。」というものだった。
また、あらすじもネットで知っていた。オチまで知っていた。そんな状態で何故、あえて本を買ってまで読んだのかと問われれば、あらすじを知っただけでも異様に惹かれるものがあったからである。
それこそ、ロマンチックが止まらないお話にときめいたのである。
アニヲタ的感性をもってして、最の高だと確信して、ブックオフで、散々探して、結局なかったのでネットで買ったのだった。
やはり、特定の品を欲しいと思ったら実店舗よりもネットショッピングである。

実際に読んでみてどうだったかと問われれば、やはり最の高だった。
そうだね…ジュリー…アンにしてみれば、タイムマシンで最後の時間渡航をしてから先のマークを知らない。
若かりし頃の自分と出会い、別れたあとのマークを知らない。
不安だよねぇそりゃぁ…。しかし、最後には、ずっと抱き続けていたその不安は消えたのだから、良かったよかった。

私の買った本には『たんぽぽ娘』を含む全13編が収録されている。随時読んでいきたい。

シング・ストリート 未来へのうた(原題:Sing Street)

シング・ストリート 未来へのうた(2016年)
(原題:Sing Street)
監督:ジョン・カーニー(John Carney)
原案:ジョン・カーニー(John Carney)
   サイモン・カーモディ(Simon Carmody)

ジョン・カーニーの他の作品といえば、『ONCE ダブリンの街角で(原題:Once)』である。というか今回の作品が、私が観たジョン・カーニー作品2作目なのである。
この2007年の映画も大変良かった。
このときは低予算での制作で、wiki曰く、『映画製作中の約6ヶ月間、アイルランド映画局の最高責任者が不在だったため、部下の裁量ではおよそ€112,000という低い予算しか組めなかった』らしい。
それから10年近く経った本作では、やはり予算の違いは垣間見られた。低予算ゆえの魅力もあったように思われた『once』だったけれども、相変わらず本作においても、『once』にあった、私を惹きつける何かが感じられた。音楽を扱う時点である程度ツボではあるが、それ以上に作風、空気感だろう。この人の映画は、ダブリン、ひいてはアイルランドの現実的な社会問題を背景に描かれる。本作では特に雇用問題が背景にある。それ故の閉塞感の中で、彼らの外向き、反発的なエネルギーが輝かしく写り、爽やかで、たまらない。

セックス・ピストルズがどうの、スティーリー・ダンがどうのという兄貴の説教や、その他所々出てくる様々なバンド名は、音楽好きならば漏れなく知っているものであって、音楽好きには、とても面白く観られる映画だなと思われた。
そして、改めて音楽を聴きたいと思わせる映画だなとも思う。これは、『once』も共通だ。
しかし、思えば、『once』よりも実在のバンド名がじゃんじゃん出てくるので、比べてみるとそういった違いはあるんだな。
『once』よりも、視聴後、聴きたくなる音楽が限定的というか笑

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のタイトルも出てきたね。例のシーンはさながら「魅惑の深海パーティー」だった笑
ただし過激なギターソロによって観客置いてけぼりなんてことにはならない。その代わり妄想世界である。

あとは、あれだな。2013年の『はじまりのうた(原題:Begin Again)』を観なきゃな。うん。
多分、良いんだろう。今回の映画も『once』も良かったんだから。ただし、wikiフィルモグラフィーにある『Zonad』はあまり評判が良くないらしい。まぁ、いずれにせよ、日本未公開である。

眼鏡をかけた万能ギタリスト、エイモン。
キャストはマーク・マッケンナ(Mark McKenna)ですが、彼が好きだった…。
良くない?
性格もルックスも一番好きな気がする…。



2回目、観た。

エンディングでさ。
そう、エンドロールが流れているときにいろいろ曲が流れるけども、その一番最後の曲だよね。
Riddle of the Modelでしょ?
でもこれ、なんか支持出ししてたりするでしょ?
実は、ロンドンで録音してる様子だったら面白くない?
しっかり契約を勝ち取って、レコーディングしてるっていうね。そんな感じだったら良いなぁ。


□□□リンク集


□【ハマ・オカモトオカモトレイジが語る
「シング・ストリート 未来へのうた」
ミュージシャンもしびれる青春音楽映画】

https://natalie.mu/eiga/pp/singstreet

Twitterにて
#細かすぎて伝わらないシング・ストリートの好きなところ選手権
↑で検索すると楽しい

A.I.C.O. Incarnation

A.I.C.O. Incarnation(2018年)
監督:村田和也
シリーズ構成:野村祐一
アニメ制作:ボンズ

私は、ケーキのいちごを楽しみに最後まで取っておく人間を憎み嫌っているのでね。
憎悪ですね。
何がメインイベントか。
まず、ケーキを見て、いちごを主に置くその発想が非常に気色悪く思う。
惨たらしく死ぬべきですね。
人工生体汚染災害対策庁(CAAC)対策局の局長の部下、堀歩の話ですよ。
横取りされるでしょう、こういうパターンは。
堀歩も例に漏れずそうなんだけどね。
これを見て私は別にザマミロ的な事は思わないけれど、ただただ、その一連の流れが生理的に無理、気色が悪い。
橘アイコがマターを見て気絶していたことからもわかる通り、本来的に、このアニメを見て真っ先に気持ち悪いという感想を抱かれるべきはマターなんだろうが、比べ物にならないくらい、私は堀歩や、楽しみにして残していたいちごが食べられちゃうという一連の流れが気持ち悪くて仕方がなかった。
本作において最もグロテスクなシーンは4話にこそある。気持ちわりぃ。
カードキャプターさくら』とか、そういうのでやるぶんには良いよ。
桃矢お兄ちゃんに、イチゴ取られたりすれば良いよ。
お・に・い・ちゃぁぁぁぁん!?
ってやってれば良いさ。
でも、こういうアニメでよ、成人した男がよ、やんなよ気持ち悪い。
今2018年だろう?
この演出まだやります?
小学生向けアニメならともかく。
いや、いいんだよ?
特定のキャラに対し、視聴者に殺意を覚えさせるには大変に効果的な演出だろうと思うので、それを狙ってやってるならば良いんだけれども。
実際に私は既に、堀歩を憎み嫌っているからさ。
そういえば思い出したけどあれだ。
相模芳彦キモいな。あの金髪ダイバー。
いや、彼に限らない。
アイコ含め、出てくるキャラの中に好きになれる感じの奴がいない。
嫌いor関心持てない、という。
そうだよ…だって攻殻機動隊とかさ、好きになれるじゃん。キャラを。特にバトーあたりなんかさ。トグサとかも好きだしさ。
本作で好きになるべきは?
アイコのパンツ見せちゃったりしてるあたり、アイコが視聴者受けすることは大前提なんだろう。あれは視聴者に対するサービス…なんだろうし笑
キャラを好きになれなきゃキツいよなぁ。
とはいえ、アニメ原作はそれだけでひとつ、価値のあるものであって…
いやぁ…まぁな…

5話ァ…。
金髪ゥ…恋してんじゃねぇよ…キモいなぁ…
それからよぉ…そのおもいで話はなにさぁ…。
泣けば良いか…?全く泣けないが…。
あざとキモい…。さすがケーキ演出するだけあるな…。
あと金髪いちいち突っかかってくるなよ気持ち悪い。
6話ァ…。
神崎に苛ついてる金髪さんですが、プロ意識ないのはどう考えても金髪さんのほうだし、女性チームも一人プロ意識持ってないのがいるし、君ら優秀だから今回の任務に配されたんじゃなかったのk…
そうか、そうか、お前ら実は捨て駒か。
じゃなきゃ、なんだこの体たらくは笑
選ばれた人たちなんでしょう?このダイバー達。
物語としてさ、この人達の成長を描くのも別に良いけどさ、その程度が低すぎないか笑

私の夢覗いてたのぉ!?くだり。
リアルブス女がやっちゃってるのを見てる感覚…とまでは言わないけども、そっちに近い印象を抱く…。
なんでこんなに可愛くない?
いや可愛いキャラである必要は無いんだけど、ここで肝要なのは、可愛いキャラとして演出されている、にも関わらず可愛くないことだ。
さて、『あたしの脳をコピーして、わたしと同じ思い出を持って生み出された、もう一人の橘アイコ、どんな気持ちなんだろう』というのは、やはりあれかな。
自身をオリジナルだと思ってるようだけど、君こそがコピーだよ展開かな?
そんなことはないか。ベッタベタに手垢ついてるし…。ハッ!ケーキ演出!
ケーキ演出も手垢ベッタベタだが採用されている…。ということは!
ケーキ演出は…伏線!?
ベッタベタな演出もしていきますよ〜、なんなら、ベッタベタな演出を本作の山場で、見せ場で使っちゃいますよ〜という…
伏線!?
なるほど…そういう…そういうの…そういうのがあるのか。はぁ〜、なるほど。
にしてもいちいち神崎を映すね。あざとすぎるな。ミスリード感あるな?なんか。
今のところ、実は、橘アイコは脳みそも体も人工生体なんですよ〜って匂わせる感じの演出バリバリですけど、分かりやすすぎるので、んなことも無いんだろうな。
とか言ってますけど、やはり不可解なのは、二人の記憶がなんだか混じってるようで…そこですわな。
アイコと、もう一人。スキー中の雪崩にあって以降、植物状態に陥った伊佐津柚葉。
どう絡んでくるのか。
ただ、アニメ観始めた当初からおもってたけど、やっぱりアイコとマターはガッツリ繋がってんだろうね。いよいよマターの動きを予測し始めたものね。

7話ァ…。
なんか小佐波さん、ピンポイントで喰われましたけど、これで退場じゃないよね?
退場だったら満点大笑いなんですけど。脚本に対して。
あと、あいも変わらずアイコちゃんウザい笑
あと多くを語らない神崎くんもさ、ウザいしね。ミステリアスな感じなのかな?目指すところは。
ウザいのとウザいのが演劇してるところなんかも悪い意味で面白い笑

8話ァ…。
神崎くんの涙にドン引き、の巻。

…。

最後まで観終わった。
案の定、アイコ偽物だったね。ケーキのイチゴ演出を採用するだけあってそこはベッタベタだったけれども。
しかし、その偽物も、本物も、どちらも救われる展開となった。
偽物アイコはその名を変え、場所を変え、なにかのコピーでなく、一個人として、生きていくらしい。
ところで二人の記憶が混ざり合っていたのは、あれかい?
2人それぞれのマターが物理的に触れていたからなのかい?
金髪が腕をもがれたときに、本物のアイコの記憶を見たらしいけど。これもやはり、物理的な接触があったからなのかい?
どうなんでしょうね?知らんけども。

おい、堀歩、最後、なんかキメ顔してたような気がするけど、お前はケーキを食べるときにはイチゴを最後にとって置く上に、横取りなんかされてみたりしちゃうような気持ちの悪い人間なんだからわきまえろよ?

そんな感じでした。アニメーションの質はさすがに高かったように思います。
あと、あんな感じに、マターのようなものをアニメとして描けるのであれば、『沙耶の唄』のアニメ化いけませんかね?
あ、エロがダメ?
いやいや、いやいやいや、そこはだって、Netflix、TV放送ではやれない事、やりましょうよ。
え、限度がある?うーん、そうねぇ。
でもでも、AmazonPrimeVideoなんかさぁ、あれよ?
モザイクこそかかってるけども、芸人がアナリンピックと称してアナル見せつけたり、ちんこ出したり、その上、私がまだ観ていないシーズンにおいては勃起ちんこを開陳(誤用)したり、放尿したり、といったものまでやっていると聞くぞ?
うーん、しかしまぁ、沙耶…。
何歳(くらいの見た目という)設定だっけ…?
しかし、少なくとも、『少女』なんだよなぁ。
無理かァー。無理だなァー。
少女が種子を欲しがっちゃだめだよなァー。
沙耶の唄』において、セックスと、その中でしっかり中出ししちゃってる事実は、うろ覚えだけど、ストーリーにはしっかり絡んでくる事柄なんだよなぁ。
もう少しだけ沙耶の年齢上げても大丈夫かねぇ。
いやでも、なんだか、「アニメ」というコンテンツにおいては、そもそもセックスレベルの性描写はタブー視されているような…と思ったところで、私は、それこそNetflixの、湯浅政明監督作品『Devilman Crybaby』を思い出す。
たしか男同士でヤッてたんだよな。あのアニメ。
そう考えるとやはり、『少女』の部分さえクリアできれば、つまりヒロインである沙耶の年齢をもう少し上げれば、どうにかなるのか。
では、『沙耶の唄』において、沙耶が少女である必要性ってあるのかな。
うーーーーーーん、ダメ、なのかなぁ。
醜い世界の中で、ただ一人、綺麗で美しい少女。
これは、その醜い世界に対して、とても純な存在でなければならないんだよなぁ。
反対側、でなく、その極地になければならない。醜い、に対し、最も遠いところになければならない。
醜い世界に立たせて、最も異物感のあるものでなければならない。
そう考えると、『女性』であってはならないのかもしれない。
というのは、まぁ、あとでエロいことするくせにこういうこと言うのも変かもしれないけど、肉体的なエロさというか、実際的な人間のニオイが、沙耶にあってはならず、どちらかというと妖精とかそういうレベルで、真っ白で純な存在でなければならないのではないかと思うんだなぁ。これを少女という形をもってして、表現していると。
うーん。無理かなぁ。
モチロン、いろんな部分を改変すれば、どうとでもなるんだろうと思うけれど、しかし、そうまでしてアニメ化するもんでもないんだろうな。
叩かれる気がするし。精子うんぬんの設定は無くなり、少女、でもなくなり…となれば。
うん、無理だな、無理。
沙耶の唄』はアニメ化しない。
しょうがないね。そう、しょうがない。
話がずれたのも含め。これはしょうがないことなのだ。