お前が嫌い

極めてパーソナル

ef - a tale of melodies.

ef - a tale of melodies. (2008年)
監督:大沼心
シリーズ構成・脚本:高山カツヒコ
アニメ制作:シャフト

アニヲタが本作を好むの、分かるよ。うん。
すべてが終わってから物語を振り返ったとき、いろんなことに気付いちゃうのよ。
あれは、こういうことだったのか!
という気付きもあるし、
自身が理解していない側面の存在にも気付くのよ。
もう一度観る意義を感じるのよ。
あと長文書きたくなるね。
これはアニヲタは好きよ。
CLANNADとその要素を何故か部分的に共有していることや、放送時期が1期2期共にガッツリ被ってるという事実もまた面白い。”街”もそうだし、雨宮優子と火村夕の2人は岡崎朋也古河渚の2人と被って見えるし。
ちなみに、それぞれに対応するのは雨宮は岡崎と、火村は古河。いやま、死ぬのはいずれもヒロインなんだけど笑
原作やらないと分からないところはあるだろうけどなぁ。CLANNADにしろ本作にしろ。
でも、一応CLANNADでは岡崎をプレイヤーが操作して、光を集めて、その末に渚を救うでしょ。本作でも、雨宮が随所で悩める思春期の青少年達と言葉を交わして良い方向へ導いて…
最期に当人たちに帰結していく構造は同じなんだよね、ただ、その結末は…。
僕は言うてもCLANNADのほうが好きですよ。しかし、2人の結末、終わり方としては本作のほうが好きかなぁ。
CLANNADは、原作がそういうコンセプトだからしょうがないんだけど、アニメ単体で考えれば、アニメ単体で考えればだよ?
渚の復活は誠実じゃない気がするんだよな。渚の死後の岡崎と汐に対してよ。
なんというかな、ファンタジーをどれくらいの量混ぜ合わせるかって話なのかな。
CLANNADはファンタジーでひっくり返しちゃったんだよね最後に。奇跡的なことが起こるんだよね。それだけドラマチックではあるんだけどさ。
本作は、もう劇中でも何度か言ってたけど、奇跡は起こらないのよね。いや、ちょびっと起こるんだけどね。というのは、雨宮優子の幽霊の存在ね。逆に言えば、多分これ以外に本作においてファンタジー、奇跡なんて無いんだよね。更に言えば、重要なことに、本作におけるその奇跡は当人達のその後に強く影響を及ぼさないという。
あれはもはや夢に等しい。


鍵が出てきて、しかも重要なマテリアルなもんだから、お、”Key”アニメだな笑、とか思いながらCLANNADとの類似性を考えずにはいられなかったけど、大まかな表層部分に類似的であるからこそ、細かな部分まで焦点を当てたとき、対極的な要素が次々に見つかって面白い。