お前が嫌い

極めてパーソナル

〈物語〉シリーズ

〈物語〉シリーズ セカンドシーズン
(2013年)
総監督:新房昭之
監督:板村智幸
シリーズディレクター
   龍輪直征(『傾物語』)
   八瀬祐樹(『鬼物語』)
シリーズ構成:東冨耶子、新房昭之
アニメ制作:シャフト

映像中に文字だけの画面が表示される例の演出の面白さは、登場人物の心情を、リアルな時間感覚で表現できることにあると思う。
瞬間的な思考を言葉にしてナレーションしてしまうと、その思考を表現するのに時間を使ってしまう。
ナレーションしているあいだ、作中の世界の時間の流れが止まってしまう。
その点、例の演出は、思考の速度とその表現の間に時間のズレが無いように感じる。
人の思考を、リアルな時間感覚をもってして表現するには効果的な手法だろうと思われた。
とはいえ、作中において必ずしもそういった目的でこの演出が使われているわけではない。
キャラの会話が書かれることもあるしね。
別に、制作側が上記の効果を期待してこのような演出を用いたのだ、と言いたいわけでは無い。また、制作側は上記の効果を期待してこのような演出を用いたわけではないと断定もできない。だって、このアニメについて、制作陣のインタビュー記事とか、設定資料集とか、そういうものを読んだことは一切ない。しかし、こうして考えてみると、何故あのような演出を思いついたのか、どのような効果を狙ったのかは気になる。もしかしたら、原作にある文章を、実際に喋らせようとするとあまりに膨大な量で、しかしだからといって、これ以上削りたくないから、例の演出によって詰め込んだとか、そういう事なんだろうか。
少なくとも『四畳半神話大系』なんかは、話によっては随分な早口だったけれども、あぁなった理由というのは、先に述べたような、削り切れず詰め込んだ結果だったりするらしいから、あり得ない話ではない。
しかしまぁ、わからんな?
ちなみに、『ジャズ大名』という1986年の映画でこれに似たような演出を見たことがある。つい最近観たんだけれども。
似たような、とは言っても、似てるのは映像中に文字だけの画面が挿入される、という部分だけではあるけれども。



ところで、

25話の、貝木泥舟斧乃木余接の会話のあとの、貝木の、ひたぎに関する回想〜「俺が千石撫子を騙すからだ。」までが最高ですね。
28話、神原駿河貝木泥舟とが出会ったシーン、品川駅ですね。いやぁ、品川駅だわぁ笑
花物語ってツマラナイイメージしかなかったけども、思うよりも面白いものだった。
最後、こよみんの言った青春うんぬんは、青春を終わらせたこよみんなればこそなんだなとは、今回改めて思わされた。
終物語の配信カモン。続を含め。