お前が嫌い

極めてパーソナル

誠実な批判 (日記)

作品への批判というものは、常に誠実でなければならない。
非常にデリケートなものなんだ。
賞賛することは、例外はあれど基本的に無害だ。
だから、たとえ木魚のような頭をしていても臆すことなくその感動を主張すれば良い。
批判に関してはそうはいかない。
批判とは暴力だ。たとえそれが正論であっても、少なくとも既に作品への暴力だ。
ただし、絶対悪では無い。
認識を間違えている人が多い。
普段、例えばSNSやレビューサイト等で見かける”批判”は、その多くが誠実でない。
誠実でない批判は絶対悪と言って良い。
しかし、誠実で、価値ある批判を、毎日山ほど生み出される粗悪で有害な批判と一緒くたにしてしまってはなんとも報われない。
批判が必ずしも絶対悪であると勘違いしてはならない。
誠実な批判をファンタジーな代物だと思ってもらっても、取りあえずは構わない。
取りあえず概念的でも良いから、その存在を認識していただきたい。
たしかに何かを誠実に批判してみろと言われると相当難しい。
しかし、それでも考えてみるに、その完成した誠実な批判は、必ず賞賛の付属物である。
賞賛すべき点を無視しては、誠実でない。
批判なき賞賛もまた、そうかもしれない。